まるしん○・松江 照代さん:余白が人を癒す、海辺の民泊

下津町大崎の高台。目の前に広がるのは紀伊水道だ。朝日が海面を照らし、穏やかな波が光を返す。波の音が遠く聞こえ、潮の香りが風に乗って届く。
民泊「まるしん〇」を営む松江さんは、この景色を毎朝眺めながら「朝起きて、幸せを感じる」と言う。
派手な観光地ではない。けれど、この土地の日常には、静かな豊かさがある。

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景色が会話をほどく場所

まるしん〇は、現在は食事提供はしていない。予約で泊まりに来て、静かに過ごす“素泊まり”の民泊だ。部屋は和室で、窓から海が一望できる。波の音を聴きながら眠り、潮の香りとともに目覚める。

宿の魅力は「何があるか」ではなく、「何が邪魔をしないか」にある。

紀ノ国屋文左衛門が船を出したという歴史ある港町。海と山に囲まれた静かな土地。そこには、都市では失われつつある「ゆっくりと流れる時間」がある。

「楽しい方を選ぶ」——松江さんの芯

松江さんの口癖は、潔い。
「悩むっていうことないよ。みんなは悩んでるって言うけど、それ迷ってるんちゃうの?それやったら、どっち行こうかで先に楽しい方を選んだら、いつでも楽しいで」

この言葉は、ただ明るいだけじゃない。人生の選択を“自分の足で決めてきた人”の言葉だ。段取りを考えること、人をまとめること、誰かのために動くこと。周囲が「大変でしょう」と言うようなことも、松江さんにとっては“楽しみ”の領域に入っている。

泊まりに来る人が「松江さんに会いに来た」と言いたくなるのは、景色だけでなく、この迷いのなさがあるからだと思う。

言葉にすることの大切さ——「ありがとう」をちゃんと言う文化

松江さんが大事にしているのは、立派な正論よりも、生活の中の言葉だ。

嫁いだ先の家では、家族が「おはよう」と挨拶し、「ありがとう」を口にするのが当たり前だった。最初は戸惑ったけれど、松江さんはその習慣を受け取って、自分のものにしていった。

「嬉しいことは何回言うてもええ」「ありがとうは大事」。相手を傷つける言葉は言わない。嬉しいことはちゃんと口にする。その“言葉の温度”が、宿の空気にもにじむ。過剰なサービスがなくても、なぜか落ち着くのは、言葉が丁寧だからだ。

大崎の暮らしを、ひとりにしない——地域の「助け舟」

松江さんは、民泊の人であると同時に、地域の人でもある。大崎で続けてきた地域活動の延長線上に、住民同士の助け合い「助け舟」がある。

一人暮らしの高齢者の家に顔を出して話をする。買い物に乗せていく。高いところの電球を替える。そういう“小さな困りごと”を、誰かが拾う仕組みだ。ここが効いているのは、松江さんの行動力以上に、「助け合いを当たり前にする」空気の作り方だと思う。
景色の美しさに加えて、人の距離が近い。だからこの土地は、静かに強い。

整え直しの場所——紀伊水道が教えてくれること

まるしん〇は、何かを提供して“満足させる”場所ではない。
むしろ逆で、余計なものを削っていった先に残るもの——波の音、潮の香り、朝の光、松江さんの言葉——それがこの民泊の価値になっている。
デジタルで埋まった頭は、静かさの中でしか回復しないことがある。
帰るときに増えるのは写真ではなく、「また迷ったら、楽しい方を選べばいいか」という感覚だ。
ここは、日々に戻るための“整え直しの場所”だと思う。


ACCESS

お食事処まるしん◯
〒649-0132 和歌山県海南市下津町方2088
TEL 090-2288-8202
URL https://www.instagram.com/marushin_maru/

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