みかん農園 梶本 雄一朗さん:旅人が継いだ、木の時間

和歌山県海南市・大崎。
山の斜面に広がるみかん畑で、梶本さんは一本一本の木を見上げる。
かつてはインドで観光案内をしていた。砂漠で100人規模のツアーを引率し、多くの日本人観光客を案内してきたという。
刺激を求め続けた人生の先にあったのは、静かで、しかし終わりのない問いだった。
“難しすぎるから、面白い”
大崎のみかん畑に、その問いの続きを見つけた。

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器用さという、壁

梶本さんの人生は、常に「刺激」とともにあった。
大学卒業後、リクルートで人材教育、福祉、湘南の海の家、引きこもり支援。そしてインドでのツアーガイド。タイやカンボジアなど各地を巡ったが、なかでもインドは特別だった。友人のゲストハウスに泊まり、時にはテントで寝泊まりしながら、若者たちを砂漠へと案内した。
やりたいことは、すぐにできた。
「でも、ある程度のクオリティが毎回できるようになると、できた気になって飽きちゃう。それが僕の一番の課題でした」器用貧乏。それが自分だと思っていた。

コロナ禍という転機

それは、2020年のことだった。
観光業が止まった。仕事がなくなった。先の見えない状況のなか、縁を頼り海南・大崎へ。
家も倉庫もない状態からのスタートだった。
「身一つで来ました。どうしようって」
地域の人に支えられながら、援農として高齢のみかん農家のもとで働き始める。
そこで出会ったのが、”終わりのない仕事”だった。
同じ畑でも、木一本一本の状態は違う。天候も変わる。昨年うまくいった方法が、今年も通用するとは限らない。
これは、一生かけても極められない世界だ。

木と向き合うということ

みかんづくりは、想像以上に奥深い。
どの枝を残すのか。どのタイミングで剪定するのか。水を効かせる時期と、糖度を高める時期。わずかな判断の積み重ねが、味に直結する。
「昔の人は感覚でやっていたと思うんです。でも今は”サイエンス”で分かる部分も増えてきた。理屈が分かると、木と会話できる感じがするんですよ」
「日本語がないと会話できないみたいに、理屈は木との言葉みたいなものだと思っていて」
理論を知ることで、ようやく木の状態が見えてくるという。それでも、思い通りにはいかない。
理想は、まっすぐ育ち、やがて実の重みで自然に枝が垂れる姿。しかし、そのかたちに近づけるのは簡単ではない。
「一生分からないんだろうなって思いながら抗う感じが、すごく楽しいんです」
天候も変わる。木も変わる。だからこそ難しい。 器用さだけでは通用しない世界。
その手応えが、いまの梶本さんを惹きつけている。

積み重なった時間

将来畑を任されることを想像したとき、最初に浮かんだ感情は何だったのか。 梶本さんは少し考えたあと、援農でお世話になっている82歳の農家について語り始めた。
「みかんの歴史でいうと、いろんな変化をずっとたどってきた人なんです」
若い頃、自ら山を切り開き、石を積み、段々畑を築いてきた人だという。
「うちの畑には、20年から50年くらいの木がたくさんあります。僕より年上の木も多いんです」
果樹は植えてすぐに実をつけるわけではない。 四、五年の時間を経て、ようやく収穫できるようになる。
だからこそ、“木を受け継ぐ”という感覚がある。自分が植えたわけではない木を、これから守っていく。
「背筋が伸びる、というか。そういう感覚が強いですね」
重圧というよりも、積み重ねられてきた時間への敬意。その中に自分が立つことへの実感だった。
そして、こう続けた。
「僕が頑張っている姿を見て、喜んでくれたらいいな、という気持ちですね」

みかんを口実に、人が集まる場所へ

継がなきゃか、継ぎたいか。という問いに梶本さんは迷いなく答えた。
「継ぎたいですね、それは」この選択は義務ではなかった。
「本当に継がせてもらえて、ありがたいですし、返しきれないくらい、いろんなものをもらっています」

梶本さんには、ひとつの構想がある。これまでインドや日本各地で出会ってきた人たちを、みかん畑に招くことだ。
「ツアーに参加してくれた子たちが、いまでも会いたいって言ってくれるんです。でも、お互い忙しくてなかなか会えない」みかんの収穫には人手がいる。その時期に集まれたらどうだろう、と考えた。
インドの友人たちの顔も浮かぶ。
「彼らはずっと日本に行きたいって言ってるんです。でも簡単じゃない。だったら、収穫を手伝うっていう形で来てもらえたら、彼らの夢も叶うし、畑も助かる」
みかんを“口実”に、人が集まる場所にしたい。
「きっかけになったらいいなと思ってるんですよ」 旅で出会った人、家族、地域の人たち。それぞれの時間が交わる場として、畑を思い描いている。
「自分の人生の集大成みたいな仕事になったらいいなと思っています」

難しいから、続けられる

20年、50年と生きてきた木には、手入れをした人の時間が刻まれている。 梶本さんが受け継ぐのは、畑ではない。そこに積み重なった時間だ。
旅人が、根を下ろした。
海が見える斜面で、オレンジ色の実を育てながら、世界中の友人とつながり続ける。 みかんを口実に、人が集まり、笑い合う。それが、梶本さんが描く、新しい継承の形だ。
難しすぎるから、面白い。
大崎のみかん畑で、新しい物語が静かに根を張り始めている。


ACCESS

みかん農園AMANOJAKU
〒649-0112 和歌山県海南市下津町大崎334
TEL080-6219-0104
URLhttps://www.instagram.com/mr.placebooo/

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